Paradise of Vintage T-shirts
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まずは、Tシャツから。
2009年 11月 29日 (日) 23:08 | 編集
何事もなく、
終わってしまったサンクス・ギビング・デー。
そこで、ふと思ったことを。

「サンクス・ギビングに
ターキー焼くから、うちへ食べにおいでよ!」
なんて、日本でもそんなこと言ったり、
言われたりする日が来れば、おもしろいですね。
lihue store t
でも、なぜか「サンクス・ギビング=感謝祭」は、
まだまだ日本では知るひとも少なく、当然人気もない。

日本のカルチャーとは、何ら関係がなくても
アメリカのイベントである
「ハロウィーン」、「クリスマス」、「バレンタイン・デー」、
などはすっかり定着しているのに。

(見方を変えれば、サンクス・ギビングは
まだ日本のコマーシャル・ベースにのっていない
稀なイベントと言うことなんでしょうか。)

サンクス・ギビング・デーは、毎年11月の第4木曜日。
豊作を願い、神の恵みに感謝する日として
制定されたアメリカの祝日。もちろんハワイも。

とは言っても今では一年に一度、
家族や親しい人を囲んで
わいわい楽しくにぎやかに、
ターキー・ローストなどの
サンクス・ギビング用定番料理をつくって
食べるという日になっているようです。

年間を通して、アメリカのこどもたちが
いちばん楽しみにしている祝日がクリスマス。
そして、おとなたちは、
このサンクス・ギビング・デーなんですね。

うれしいことに、ハワイ在住時代は
毎年どこからか、
サンクス・ギビングにお誘いがかかり、
いそいそとターキーを食べに行ったものです。

日本のお正月に家族・親戚が一堂に集まり
おせち料理を食べるという感じに近いでしょうか。

米本土やハワイの小売業にとって
年間でいちばんのかきいれどきとなる
通称ブラック・フライデーが、
サンクス・ギビング・デー(木曜日)の翌日。
そう、ロコのお待ちかね、
サンクス・ギビング・セールが始まるんですよね。

今回のTシャツは、
カウアイ島リフエにある食料品店、
「リフエ・ストア」のサンクス・ギビング用の
オフィシャルTシャツ。
1950年代のサンクス・ギビング商戦を
このTシャツを着てがんばっていたようです。

という勝手な妄想でデザインしたTシャツ。
ただし「Lihue Store」は、
50'sに実在したストアであり、ロゴも当時のもの。

ビストロ・スマップあたりで
サンクス・ギビングの料理を取り上げ、
こんなTシャツを着てくれたら
サンクス・ギビングもイベントとして火がつき、
案外すんなりと日本に定着するのかも。

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このチープさが、たまらない。
2009年 11月 26日 (木) 23:00 | 編集
ハワイアナ収集家の王道コレクション、
チョーク製フラ・ドール。
とは、ほど遠い
チープなプラスティック製のフラ・ドール。

hula doll

このフラ・ドール、
底を指で押すとこんな感じになって
これがまたおもしろいのですね。



どう見ても、フラを踊っているようには
見えないところが笑えます。

たぶん70'sの、
ハワイのドライブ・インあたりで
売られていた雑貨トイだと思います。

バーチャルなコンピュータ・ゲームで遊ぶ
今時の子供たちには、
間違いなく見向きもされない稚拙なトイ。

でも、そんなトイで遊んで、
満足していた時代のほうが
きっとお気楽で良かったんじゃないのかな?

(単なる懐古趣味だよ。と言われれば、
それまでなんですけどね。)

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ちょいマジおやじ!?
2009年 11月 23日 (月) 23:00 | 編集
ある日、友人がアラモアナ公園の
BBQ(バーベキュー)ピクニックに
誘ってくれました。bbq t

たまたま日本から来ハしている
若い女性も、そのBBQに誘われていて、
初めて会うなり、
なぜか「あ、ちょいワルおやじだ」と言われ、
反射的に、
「ちょいマジおやじだよ!」と
応えてしまいました。

あれ、ちょっと待てよ。
「ちょいワルおやじ」は、
ほとんどまじめで、ちょっとだけワル。

でも「ちょいマジおやじ」は、
ちょっとだけまじめで、ほとんどがワル。
いや~、すべりました。汗りました。
(誤字ではありません。)

いい年して、Tシャツ・短パンに日焼けしたカラダ。
だから「ちょいワルおやじ」に見られたのかな?
(でもハワイに住んでいれば、
これってあたりまえのことなんだけど。)

いずれにしても、
「ちょいワルおやじ」とは、
かけ離れていること間違いなしの私。

これと言ってブランドもので着飾ることもなく、
女性をおしゃれにモテなすスベもなく、
当然、モテるワケもなく。

まあ、そんなことはともかく
今日は、ハワイ・ローカルが
み~んな大好きなBBQをテーマに
Tシャツをデザインしてみました。

Tシャツさえ、気に入ってもらえれば、
たとえ「ちょいダサおやじ」と言われようが
一向にかまわないんですけどね。

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シグ・ゼーン、シグ・ゼーンを被る。
2009年 11月 20日 (金) 22:51 | 編集
かのシグ・ゼーン氏に、
こんなフォト・ディレクションをお願いしたところ、
ふたつ返事でOKしてくれ、
出来あがったインタビュー・ページがこれです。

sig zane spread
photo by Danna Martel  text by Mina Sakai

1998年の早春、
私たちスタッフが待ちかまえる
ホノルル・ダウンタウン近くの老舗写真スタジオへ、
古いメルセデスで乗り着けてくれたシグ・ゼーン氏。

思ったより小柄ではあったけれど、
やはり、あの素晴らしいファブリックを
デザインするだけあって、
素朴ながらも粋なオーラを放っていました。

ハワイ島ヒロにある彼のショップも
いい意味で、ハワイらしからぬモダンなインテリア。
インタビューで、そんな彼のセンスの良さが
どこから来ているのか、
ちょっとわかったような気がしました。

ハワイの自然や植物をこよなく愛するシグ・ゼーン。
彼がデザインするファブリック自体も
すべてハワイの植物がテーマ。

植物を深く愛するが故、
植物そのものが持つ美しさ(フォルム・カラー)が
最大限に引き出される。

余分なものはすべてそぎ落とし、
ほんとうに必要なエレメントだけで構成される
シンプルなシグ・ゼーンのファブリックの美しさ。
ショップにも、同じ美意識が活かされていたんですね。

そんな彼の洞察力とグラフィック・センスは、
同じ花がモチーフであっても、他のファブリックとは
明らかな違いを見せつけてくれます。

いつかは、シグ・ゼーン氏に
Tシャツで勝るとも劣らない、
デザインができるようがんばりたいと思います。
(まだまだTシャツへの愛が足りないのかな?)

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鉄板ハワイ名所。
2009年 11月 17日 (火) 23:00 | 編集
タンタラスの丘から見るホノルルの夜景を
嫌いなひとはいないと思います。

最初にハワイを観光で訪れた時、
オプショナル・ツアーで申し込んだ
「タンタラスの夜景+豪華ディナー」。
(夜景は豪華だったけれど、
ディナーは全然、豪華じゃなかったです。)

リムジンで連れて行かれたタンタラスの丘。
そこから眺める夜景に
反射的「うわ~!」と、ことばがこぼれていました。

日系人のドライバー兼ガイドさんが
たどたどしい日本語で、
「ハワイの夜景、きれいね。温かい。
これ、ぜ~んぶ電灯の灯り。
ハワイ、屋外のネオンサインは、禁止してるよ。
だから香港のギラギラ夜景と違うよ!」
と納得の説明をしてくれました。

その十年後、
ハワイに住むことになるのですが、
今度は、日本から訪れる友人・知人を
タンタラスへと案内する側になりました。

タンタラスの丘へ着くと、
にわかガイドになりきって、
得意気に、ハワイの夜景の美しさを
同じように説明をしたものです。

こう寒くなってくると、
そんな温かな夜景が妙に恋しくなって
つい聴きたくなるこの名曲。
(ハワイアンと言うより、
もうスタンダード・ポップスの域に入るのでは。)



いや~、今すぐにでもハワイへ飛びたくなりますよね。
こんなホノルルのきれいな夜景のオンパレを見ると。

ケオラ&カポノ・ビーマーは、
この他にも数々のアルバムを残していますが、
個人的にいちばん好きなアルバムはこれですね。

k&k album

オールド・スタイルと
モダンなアレンジのスラック・キー・ギター。
そのさじ加減が何とも絶妙の1枚。
ノイズ混じりで聴くレコード盤は、ゆるくて最高です。

でも、解散する前の
ケオラ&カポノ・ビーマーのライブ演奏は
やっぱり聴きたかったな~。

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ハワイのベテラン・ドライバー。
2009年 11月 14日 (土) 23:44 | 編集
11月11日。ハワイは、
「Veterans Day=ベテランズ・デー」で
休日でした。

退役軍人の方々を称え、
第一次世界大戦が終結した日を
「ベテランズ・デー」として
アメリカ連邦政府が制定した休日です。

ハワイでお勤めするようになって
この休日を知るまで、
実は、とんでもない思い違いをしていたことがあります。

「VETERAN」と書かれた
ライセンス・プレートのクルマを見て

veteran lp

ハワイで、クルマの運転がうまいひと、
ベテラン・ドライバーが
付けることを許されたライセンス・プレートだと。

ハワイのドライバーズ・ライセンスを
法規も実技もほぼパーフェクトで取得したので、
無事故・無違反でこのまま行けば、
自分もベテランのライセンス・プレートは、
いただきかも。
と、そこまで勝手に思い込んでいました。

しかし、「ベテランズ・デー」の休日によって、
ベテラン=熟練と知っていたものの、
もうひとつの意味であるベテラン=退役軍人を
初めて知ったのでありました。

Veteranと書かれたライセンス・プレートは、
そんなアメリカの退役軍人の方が
乗っているクルマだったのですね。
いわば、誇りあるライセンス・プレート。
大変失礼しました。アホでした。

Veteransのライセンス・プレートがあるくらいだから、
VeteransのTシャツがあってもおかしくはない。
と、アホついでにこんなデザインをしてみました。vets hi t
Veteransは、略してVETSと言います。
いかにもありそうで、実はない。
そんなTシャツをついつい作りたくなる。
ちょっとへそ曲がりなパラダイス・プリンティングです。

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きっかけは、アバクロ。
2009年 11月 11日 (水) 23:12 | 編集
思えば、パラダイス・プリンティングとして、
Tシャツを作り始めた直接のきっかけは、
やはりアバークロンビー&フィッチに
触発されたからですね。

2000年、
ハワイのアラモアナ・ショッピングセンターに
アバクロがオープンした時は、かなり衝撃的でした。

今でこそ、ヴィンテージ加工や
ダメージ加工なんてあたり前ですが、
当時は、めずらしく
「え、これがほんとうに新品?」と
驚きながら、Tシャツを手に取ったものです。

勤めていた会社が
アラモアナ・ショッピングセンターに近いこともあって、
ランチ・タイムや会社帰りにほんと足繁く通いました。

新作のTシャツはもちろん、
カタログも(ブルース・ウェーバーの写真が好きだから)
ショップで販売していたのでシ-ズンごとに買っていました。
で、ショップにない商品は、
そのカタログからオーダーしたり、
ずいぶんとアバクロには散財させていただきました。

a&f catalogue

でも、ある日を境にもうアバクロを買うこともなくなり、
着ることすらなくなってしまいました。
(資料として残した一部のTシャツ以外は、
すべて処分してしまいました。)

それは、自分の好きなグラフィックで、
自分でプリントし、自分で着たら、
もっと楽しいのでは。
と、そんな思いがふと頭をよぎったからです。

思い立ったら即行動。
ハワイで「アロハ・ブレンド」というブランド名で
いきなりTシャツ・メーカーを立ち上げました。

ただヴィンテージTシャツが好きというだけで、
何も知らない未知も同然のアパレル業界。
デザインはともかく、ボディ、プリントの手配など
右往左往しながらTシャツづくりを進めました。

幸い、友人・知人らの心強いサポートと、
(Isaoさん、Masaさん、Kumaちゃん、Masashi、
ほんとうにありがとう!)
プリント・スキルの高い職人Carlosさんと運良くめぐり会い、
「アロハ・ブレンド」の1stコレクションは、
無事ハワイで誕生したのであります。

ab logo t

そして一昨年、日本に帰国。
今度は、自らTシャツをプリントできる
スキルを身に付けるため、
日本で5本の指に入ると言う
Tシャツ・プリント技術を持つ工場を探し出し、
何と1年間、押しかけ修行で通いました。
(マジ、きつくて大変だったけれど、
その分、身についたものも大きかったです。)

修行中も並行して、
夜な夜な新しいTシャツのデザインを制作。
そのデザイン・アーカイブは、
何と1,000点を超えてしまいました。

ハワイアン・ヴィンテージTシャツの
「アロハ・ブレンド」に、
新たにアメリカン・ヴィンテージTシャツの「146」、
ニッポン・ヴィンテージTシャツの「マルミ」、
これらふたつのブランドも追加。

ついに今春、
デザインからプリントにいたるまで一貫して行う
「パラダイス・プリンティング」をスタートさせました。

もちろん、まだまだこれからの
パラダイス・プリンティング。
でも、うれしいことにコアなファンの方も
少しずつではありますが増えてきました。

かと言って必要以上に大きくする気もないし、
まして売れ筋を狙ってTシャツを
デザインするなんて今後もありえないでしょうね。
(そんな訳でホヌもなければ、
プルメリア、モンステラ柄もありません。)

のんびりハワイアン・スタイルで
自分が着たいと思うものだけをコツコツと
楽しみながら作って行きますので、
どうかよろしく。

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パニオロが好き。
2009年 11月 08日 (日) 23:05 | 編集
Hawaii Visitors and Convention Bureau
通称、H.V.C.B(旧ハワイ観光局)が定期的に催していた
ハワイ観光業者を招いて行うランチョン形式のミーティング。

ホテルのボール・ルームに集まった
500人あまりのH.V.C.B会員が昼食をとりながら
ハワイ渡航者の近況分析レポート、
そして、今後のハワイ・プロモーション計画などを
H.V.C.Bから、モニター大画面で
プレゼンを受けるというものです。

paniolo logo

これは、そこで使うシンボル・マークとして
H.V.C.Bから依頼され、デザインしたものです。
毎回テーマを掲げて行われるランチョン・ミーティング。
その時のテーマは、「パニオロ」でした。

ハワイでは、カウボーイのことを
「Paniolo=パニオロ」と言います。
パニオロの歴史は古く、なんと1847年まで遡ります。
カメハメハ大王の時代、贈物として輸入された牛が
牛肉を食べる習慣がなかったハワイで増殖。
やがて、農作物や人に危害を加えるようになります。

それを抑えると同時に牧畜業としてスタートさせるために、
米本土からカウボーイを雇い入れたひとがジョン・パーカー氏。
現ハワイ島パーカー牧場(全米で5位の広さ)の創始者です。
これがハワイのカウボーイ=パニオロのルーツなんですね。

当時、H.V.C.Bが掲げたプレゼンのコンセプトは、
「これからのハワイ観光PRは、ハワイらしい、
パニオロのフロンティア・スピリットで行こう。」
と言うものだったのですね。

こんなブックも出ています。
カバー写真がパラカ・シャツにレイをかけたパニオロの
「Aloha Cowboy」。
まさしくハワイのカウボーイですね。
パニオロに興味を持たれた方には、おすすめの一冊です。
aloha cowboy book
そして、ボトムのデニムには、
こんなウエスタン・バックルがいかにもハワイっぽくていいですね。
ずいぶん前に、ハワイ・コレクターズ・ショーで手に入れました。
アロハ・シャツもいいけれど、
パニオロ・スタイルのファッションも骨太な感じであこがれます。

western buckle

カウボーイと言えば、もちろんロデオ。
毎年、アメリカ独立記念日の7月4日に開催される
パーカー牧場のロデオ大会は米本土なみの
盛り上がりを見せるそうです。
来年ハワイ島に旅行される方は、
ぜひ、このシーズンを選んで行かれてはいかがでしょうか。

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レル・サンに会いに行く。
2009年 11月 05日 (木) 23:07 | 編集
1997年の春、
当時、アート・ディレクションを担当していた
雑誌のインタビュー・ページの仕事で
マカハのビーチサイドにあるレル・サンの自宅を訪れました。

クイーン・オブ・マカハと人々が呼ぶ
そのレル・サン本人につい会うことができたのです。
想像を遙かに越えた、とても気品ある(もちろん美人で)、
そして聡明な女性でした。

rell &me

当時すでに末期の乳ガンであったにも関わらず、
みじんもそんな様子を見せることのなかったレル・サン。
むしろ彼女がガンだなんて、と疑いたくなるほど、
明るく気さくにインタビューに応対してくれました。

そして撮影に入る時も、
抗癌剤による副作用で頭髪のない彼女は、
屈託のない笑顔で「どちらがいい?」と、
ウィッグとストロー・ハットを差し出したのです。

rell sunn spread
photo by Danna Martel   text by Mina Sakai

ホノルルで初めての女性ライフ・ガードとなり、
まだ女性部門がなかった頃の
プロのサーフィン大会では堂々男性と競い、
なんと3位に入賞するほどの実力をみせたレル・サン。
女性アマチュア・No1サーファーから、その後プロの道へ。

1984年にガンが発覚。
ドクター・ストップがかかってもサーフィンはやめなかった。
彼女にとって、サーフィンこそ「生きる証し」だったから。

そして、つらい治療を続けながらも、
世界の子どもたちにサーフィンを伝えて行こうと
「メネフネ・フューチャー・レジェンド」を設立し、自ら運営。
女性のガン早期発見のためのセミナーやサポートなど、
積極的にいくつものボランティア活動も行っていた。

しかし、このインタビュー後の翌年、
1998年1月、14年間におよぶガンとの戦いの果て、
レル・サンは、若干47歳でこの世を去りました。

彼女が話してくれた
「与え続けるものがなくなるまで、
与え続けることがアロハ・スピリットなのよ」という
まさしくその言葉通りの生き様でした。

今は思う存分、
天国でいい波に乗っているに違いないレル・サン。
あなたに会えたことを心から感謝します。

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モイリリへ行こう!
2009年 11月 02日 (月) 22:51 | 編集
サウス・キングストリートを東へどんどん行くと、
ユニバーシティ・アヴェニューに突き当たります。
その手前左に、いやでも視界に入ってくる大きな赤い鳥居。

red torii

住まいが近いこともあって、この鳥居の正面にある
バーガー・キングへ散歩がてら朝食をとりによく通いました。
ある日、運良くその鳥居のリペイントを
バーガー・キングの窓越しに見ることができました。
写真はその3日間続いたリペイントの最終日に撮った写真。

日本の厳島神社の鳥居をそっくり再現したという
(と言っても、こちらは、ステンレス製なんですが。)
鳥居が建っているこのあたりは「モイリリ」地区と言って、
その昔、日本人街として栄えたところなんですね。

当時、マキキ地区の日本人墓地が手狭になってしまい、
このモイリリ地区が新たにそのための区画となりました。
移民でハワイにやって来て、
計り知れない苦労された日本人1世の方々が
そこには数多く眠っておられるということです。

彼等のそんな業績を賛えるモニュメントとして
2001年に建てられたのが、モイリリの鳥居なんですね。
移民の方々にリスペクトを込め、
こんなモイリリTシャツをデザインしてみました。
(正確にはTシャツのスペル通り、モイリイリと発音)
moiliili-t
自然食品の「ダウン・トゥ・アース」、
餅アイスクリームで人気の「バビーズ」、
いつもお客でいっぱいの居酒屋「いまなす亭」、
日本人オーナーのサーフ・ショップ「サーフ・ガレージ」、
日系移民史がわかる「ハワイ日本人文化センター」etc.

観光客のいない、けれど見どころ・食べどころがいっぱいの
この「モイリリ地区」へぜひ一度、散策にどうぞ。

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